最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)54号 判決 1993年6月11日
岐阜県美濃加茂市本郷町九丁目一八番三七号
上告人
中濃窯業株式会社
右代表者代表取締役
山田美信
右訴訟代理人弁護士
梨本克也
同弁理士
名嶋明郎
綿貫達雄
山本文夫
名古屋市中村区那古野一丁目三九番一二号
被上告人
ニイミ産業株式会社
右代表者代表取締役
新美治男
右訴訟代理人弁護士
安原正之
佐藤治隆
小林郁夫
同弁理士
園部祐夫
安原正義
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第二五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年一二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人梨本克也、同名嶋明郎、同綿貫達雄、同山本文夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也)
(平成五年(行ツ)第五四号 上告人 中濃窯業株式会社)
上告代理人梨本克也、同名嶋明郎、同綿貫達雄、同山本文夫の上告理由
第一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認若しくは理由不備がある。
一、原判決は、燻し瓦製造の燻化工程において、「……、加熱量を維持して瓦を焼成するとの観点からは、一般的には特定量の空気を存在させ炭化水素の一部を燃焼させ続ける方が望ましいこと、空気量が少なければ、一部の炭化水素が燃焼に至るものの、大部分の炭化水素は燃焼せずに熱分解して瓦生地表面に炭素膜を形成するであろうことは、技術上自明であるから、結局は供給される空気の量に係り、空気量が適当なものでありさえすれば、十分燻化の目的を達しうることが明らかである。
したがって、燻化する窯内に空気を侵入させることは完全に防止されることが必要であるということはできない。」と判示している。
二、しかしながら、まず、「加熱量を維持して瓦を焼成するとの観点からは、一般的には特定量の空気を存在させ炭化水素の一部を燃焼させ続ける方が望ましい」としている点については、燻し瓦の製造において実際に行われている、燻化工程に対する理解を全く欠いているものとの批判を免れない。
燻し瓦の製造工程は、焼成工程と燻化工程の二工程に別れるのであるが、先ず焼成工程においては、窯内温度を最高約一、〇〇〇~一、一〇〇度Cまで昇温させて、瓦素地を焼き上げた後、該温度で直ちに燻化工程に入っては、燻化温度が高過ぎるため、窯内温度を燻化開始の適正温度である約八九〇~八〇〇度Cまで下げるため、約二時間~五時間(地域によって素地粘土の組成が異なるため、焼成温度、燻化開始温度にかなりのバラツキがある)の冷却時間(燻化待ち時間)を置くのである。
焼成工程終了後においては、窯内温度を低下させる(窯を冷やす)ことに意を用いるのであって、「燻化工程」開始後においては、補熱は一切しないのである。
従って、燻化工程において、「……、一般的には特定量の空気を存在させ炭化水素の一部を燃焼させ続ける方が望ましい……」ということは有り得ないことであり、実際にも行われていないのである。
三、次に、「……、空気量が少なければ、一部の炭化水素が燃焼に至るものの、大部分の炭化水素は燃焼せずに熱分解して瓦生地表面に炭素膜を形成するであろうことは、技術上自明である……」と認定している点についても、同様に、燻化工程に対する理解を全く欠いているものとの批判を免れない。
抑々、だるま窯による燻化の工程においても、一切空気の侵入を遮断して行われているのである。
だるま窯の場合には、焼成工程終了後、燻化に必要な炭化水素ガスをつくり出すために、コクボと名付けられる内容積の大きい燃焼室に、松材・松葉・石炭・重油などの燃料を一度に投じて空気を断ち、「乾溜」する方法がとられる。
「乾溜」をわかり易くいうと”むし焼き”ということである。”むし焼き”をするためには、一切空気を遮断して『無酸素状態』を作り出す必要がある。
「燻化」はこのような『無酸素状態』の中で行われているのである(甲二一号証、二五号証の『粘土瓦ハンドブック』(以下、『ハンドブック』という)、三五七~三六〇、三七一頁)。
乾溜ガスの組成は、H2、CO、CO2、CH4、CmHnによって構成されており、酸素(O2)は存在していない(『ハンドブック』三四三頁)。
そして、この理は、ガス窯によるプロパンガスによる燻化の場合においても全く同様で、燻化工程は『無酸素状態』で行われることが必要で、酸素が存在すると炭素膜が燃焼してしまい、瓦生地表面に炭素膜を形成させることが出来ないからである(『ハンドブック』三二九、三四四、三五三頁)。
四、引用例一ないし五に記載されている「燻化の際にLPガスで空気量を少なくし、むすように焼く」との表現につき、審決は、「むすように焼く」に際して空気が作用することは明らかであると認定判断しており、原判決も、「(窯内に供給される)空気量が適当なものでありさえすれば、十分燻化の目的を達しうることが明らかである。」と認定している。
しかしながら、右の如き新聞報道の記載は、野口健男が燻化工程についての化学知識を欠いていたために、新聞記者に対してそのような説明をしていたに過ぎないものと推測されるところであって、実際には燻化工程の際には、窯内にはLPガスの「生ガス」のみが供給され、空気の侵入は遮断されていたものと見るのが正当であって、「燻化する窯内に空気を侵入させることは完全に防止されることが必要であるということはできない。」との、原判決の判断は、自然法則並に公知の事実に反し、事実誤認若しくは理由不備の違法を犯しているものと言わねばならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
甲八号証及び甲一〇号証の記事中にも、燻しは「生ガスで行う」と記載されているのである。
第二、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。
一、原判決は、本件発明と引用例一ないし五に記載の技術は、目的及び作用効果の点については同じであるものと認めながら、本件発明においては、「LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け」、これに伴い、焼成に続いてバーナー口をも閉じて「前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させる」等の構成をも備えているのに対し、前記各引用例にはこの点に関する記載はないので、両者はこの点で相違している。
そして、この構成の相違は顕著な差異と言うべきものであって、当業者が、これら引用例の記載から本件発明の構成を予測することは困難であるといわなければならない、と判示している。
二、ところで、審決及び原判決ともに、本件発明が前記引用例記載の技術に比較して、「顕著な作用効果」を奏するものであるとの点については、全く触れていない。
実際においても、本件発明が、右の如き構成を採用したことにより、引用例記載の技術に比較して特別「顕著な作用効果」を奏したという事実は全くないのである。
審決及び原判決ともに、その点についての認定判断は全くしていない。
逆に、野口氏が公開した引用例記載の技術による窯は、内容積四立方米で一度に約九五〇枚の瓦が焼ける大きさの窯であるから(甲七、一〇号証)、完全に商業ベースの実用窯であり、現にそれによる焼成瓦は商品として出荷され、野口氏の話しでも、「出荷先からの評判もいい」とのことであるから(甲九号証)、高品質の燻し瓦が製造されえたものであることが充分に推測されるところである。
三、特許法二九条二項は、「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」と規定している。
右規定の法意は、特許出願にかかる発明が、公知発明(公知技術)と目的を同じくする場合において、公知発明の構成のうち、その一部につき「別の構成」を採用したとしても、それにより公知発明に比して「顕著な作用効果」を奏するのでなければ、当業者が、公知発明に基づいて容易に発明することが出来ないものとして、進歩性ありとして特許権が認められるべきではない、と解すべきである。
換言すれば、当該発明が、公知技術に比して「顕著な作用効果」を奏するのでなければ、該発明は、公知技術から当業者が容易に発明することが出来るものとして、「進歩性」がないものと判断されるべきである。
四、原判決は、取消事由2についての判示中で、「……、一般に既存の物の製造方法に改良を加えて新たな発明をした場合において既存の製造方法が既に実用化されていたとしでも、そのことだけから直ちに新たな発明をすることが容易であるといえないことは当然である。」と述べているが、「改良を加えた」と言いうるためには、本件発明が前記構成を採用したことにより、引用例記載の技術に比して、「顕著な作用効果」を奏する点につき、具体的に認定すべきである。
また、原判決は、前記の如く、「……、加熱量を維持して瓦を焼成するとの観点からは、一般的には特定量の空気を存在させ炭化水素の一部を燃焼させ続ける方が望ましい……、」と判断している点からすれば、本件発明が、前記構成を採用することによって、「空気の作用を完全に排除する」ようにしたことは、望ましくないこととなる筈であるから、そのような構成を採用することは、むしろマイナスの評価を与えるべきこととなるべき筈である。
五、以上、要するに、原判決は、特許法二九条二項の解釈適用を誤まり、本件発明が前記構成を採用したことにより、公知技術に比し「顕著な作用効果」を奏するものかどうかの点につき、何らの判断を示すことなく、単に、前記構成を採用したことのみを以て、本件発明は、当業者が、引用例記載の技術に基づき容易に発明することが出来たものとはいえず、進歩性ありと判断したものであって、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背に該当するものと言わねばならない。
以上何れの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきである。
以上